中の人日記

ヒトデの中の人日記「はじめまして ヒトデ です」
Woriks 秋吉直樹

【目次】

ありがとうございまーすぅ/何がしたいんだっけ/パッと、/コーディネーターになってください/選ばれるための「人」/ボールを見つけた

初めまして、株式会社Woriks(ウォリクス)の秋吉直樹と申します。Woriksは、仕事を意味する「works」と、人を意味する「i」を組み合わせた造語です。仕事の真ん中に「人」を置くことで、仕事で一番大切なことは、「人」を考えることだ、という想いを表現しました。『「働く」という価値観の幅を拡げる』という企業理念のもと、「働く」に関わる様々な事業を展開してまいります。その第一弾が、「ヒトデ」です。「ヒトデ」は、働く人を通じて、企業文化を伝える求人メディアです。今回は、そんな「ヒトデ」を運営する私について、少し紹介させていただきます。

ありがとうございまーすぅ

小学校2年生の時、鉄棒をしながら、ボールが転がってくるのを、今か今かと待っていました。転がってきたボールを投げ返すと、「ありがとうございまーすぅ!!!」、大きな声が返ってきます。これが何故かたまらなく嬉しくて、鉄棒をやるふりをしながら、練習をずっと眺めていました。ボールが転がってくると、「ウォオオー!」とか声をあげながら一目散に拾いに走るのです。その日の夜には母親に頼んで、地元のソフトボールチームに入団させてもらいました。何でも人と違うことをするのが好きだった私は、チームの中で唯一、反対側を向いて守備をするということに憧れて、キャッチャーを志願します。初めて古田モデルの青いキャッチャーミットを買ってもらった時の喜びは、今でも思い出して心が暖かくなります。その頃からどっぷり野球にはまり込み、勉強そっちのけで取り組みました。中学、高校でも野球野球。「将来もスポーツに関わることがしたい」と、気がついたら大学も体育学部に入学していました。

何がしたいんだっけ

キャンプにバーベキュー、アルバイト、もちろん合コンだって。それなりの大学生ライフを送る普通の大学生でしたが、「働く」ということについては、みんなよりも少し早く考え始めます。大学2年生の時、3年生に混じって合同説明会に行っては、大量の資料をもらって帰ってきました。半ば趣味のように、いくつもの合同説明会に参加していたのですが、それとは反比例するように、サラリーマンになるイメージが湧かなくなっている自分に気がつきました。業界や職種についての知識は増えていくものの、そこで働く「人」のイメージがつかず、リアリティが全く持てなかったのです。加えて、下手に集めた大量の企業情報を前に、自分のやりたいことが見えなくなってしまっていました。何がしたいんだっけ。俺。

パッと、

そんな時に声をかけてくれたのが、中学時代に一緒に野球をやっていた先輩でした。先輩は小田原市役所に勤めており、「また一緒に野球やろうぜ」と誘ってくれたのでした。地元も大好きでしたし、また野球やれるなら、と小田原市役所に入庁しました。仕事は好きでした。職場のみんなも良い人ばかりだし、お給料も悪くない。でも、当時の気持ちを本当に正直に(いろんな人に怒られそうだけど)言うと、「3年でやめよう」そう思ってました。理由は自分でもよく分かりません。文句のつけようのない生活だったのですが、なんだかモヤモヤしていたんです。人生一度きりだぞ、これでいいのか、自分にしかできないことしたくないか、と。市役所に入って3年経つ頃、辞表を提出しました。

市役所を辞めてから、フリーランスとして色んなことをしました。映像やデザイン、イベント企画など、自分の興味の赴くままにやってみました。次第に仲間ができて、5人ほどのクリエイティブチームができたのです。すると、大きなホテルや商店街などから仕事が舞い込み、それなりに忙しくなりました。あれ?案外いけるかも?という猛烈な勘違いを起こすほどでした。仲間によって生まれた勘違いを、自覚させてくれたのもやっぱり仲間でした。クリエイティブの力で地域を盛り上げたい、というざっくりした想いは一緒だったのですが、具体的な道筋については、みんながバラバラだったのです。ほとんど勢いで結成されたチームは、打ち上げ花火よろしく、パッと消えていきました。

コーディネーターになってください

高い学費を払ってもらい、一生懸命に勉強して入った市役所を辞め、クリエイティブチームは解散。何も残ってませんでした。地面にのめり込んでいくような感覚です。あ、まずい、このままどこまでも沈むかも…。東南アジアへ1ヶ月旅に出たり、ふらっと八丈島に行ってみたり、絵に描いたような自分探しをしてみますが、全くお目当のものは見当たらず。二度目の、そして重い、何がしたいんだっけ。俺。

そんな時に出会ったのが、地域おこし協力隊です。制度自体は以前から興味を持っていたのですが、なかなか踏み切れずにいました。最後に背中を押してくれたのは、香川県の募集要項にあった「地域のコーディネーターになってください」という言葉です。地域の中にはたくさんすてきな人がいる。そうした人たちを上手に連携させることで、地域の新しい魅力に育てることができる。そんな内容だったと記憶しています。市役所時代、観光課に所属していた私は、インバウンド向けに、“今ある地域の魅力をうまく組み合わせて、海外の方にPRしていく必要がある。それにはコーディネーターが必要だ”と、議論されていたのを鮮明に覚えていました。“地域に必要なのはコーディネーター”そう刷り込まれていた私は、香川県のその言葉を見たとき、反射的に申込フォームのボタンを押していました。あの時の自分を褒めてやりたいほど、地域おこし協力隊は、自分を大きく成長させてくれるきっかけになりました。

選ばれるための「人」

香川県では地域おこし協力隊コーディネーターとして、地域おこし協力隊同士の連携や、行政職員と地域おこし協力隊、地域住民という3者の連携を促す事業を行いました。その中で、ヒトデの発想に繋がる経験をします。それは、とある地域で、新たに地域おこし協力隊を導入するためのPRをさせていただいた時でした。当時、地域おこし協力隊は全国で募集がかかっており、いかに我々の地域を選んでいただくかというのが課題でした。しかも、地域おこし協力隊のお給料は、ほとんど全国一律。知名度があるわけでも、そこにしかない特別なミッションがあるわけでもありません。差別化が非常に難しい地域だったのです。どうやったら選んでもらえるのか…。そんなことを悩んでいると、周りに、一緒になって真剣に悩んでくれている地域住民のみなさんがいることに気がつきました。“こんなに真剣に取り組んでいる人たちがいることを伝えたい”。初めて「人」を伝えたいと思った瞬間でした。

そこから「人」で差別化するためのPRを始めます。導入に向けた会議の様子や、動画メッセージをSNSに投稿し、“地域にはどんな人がいるのか”ということが滲み出るようにしたのです。すると、次第にPRに対する反応も多くなり、10人以上から応募がありました。実はこの地域、前年度も地域おこし協力隊を募集していたのですが、応募が1件も無かったのです。そこから考えると、大きな進歩。最終的には非常に優秀な2名を採用することに成功しました。「人」を伝えることの重要性を確信させてくれる体験でした。

ボールを見つけた

この時の確信を、企業の求人に役立てられないか、とカスタマイズしたのがヒトデです。企業で働く人を丁寧に紹介することを通じて、企業文化やその地域の暮らしを伝えたい。お給料でも、職種でもない、「誰と一緒に働くのか」で、自分の働く場所を決めるという価値観を提案したい。それが、みなさんの価値観の幅を少しでも拡げるきっかけになれば、自分らしく生き生きと働く人がもっと増えるかもしれない。これまで魅力を伝え切れずに、悩んでいた企業の役に立てるかもしれない。こうした想いが次第に大きくなっていったのです。「ウォオオー!」一目散に拾いに走るための「ボール」を見つけた気持ちでした。道はまっすぐではないだろうし、デコボコと走りにくい所もあるんだろうと思います。時にはボールを見失うこともあるかもしれません。でも、それでも、やっと見つけた自分のやりたいこと。最後まで前を向いて走り続けようと思います。たくさんの人に「ありがとうございまーすぅ!!!」と言っていただけるように。

(2017/6/1 秋吉直樹)