中の人日記

「 好きなことを仕事に するよりも大切なこと」
ヒトデの中の人日記

これまで300人以上にインタビュー し、色んな暮らし方や生き方に触れてきたヒトデの秋吉が綴る日記です。どうぞご覧ください。読んでくれた方の「働く」という価値観の幅が、ちょっとだけ拡がるかもしれません。

 

違和感/ 稼ぐこと、変化すること、自覚すること文化への共感いつかの電車の中吊り

 

違和感

「好きなことを仕事にしよう」そう微笑むポスターの女性に見つめられながら、電車に揺られている間、心のどこかに引っかかる思いがありました。「正しい…けれど、もっと大切なことがあるよなぁ…」そんな違和感は、日頃から数多くの転職者とお話しさせていただく中で強く感じるようになっていった気がします。好きなことを仕事にすることは、もちろん素晴らしいことです。ですが、それだけが正しい選択という訳では決してありません。私たちの目の前で真剣になって次の職場を探す皆様を見てもそれは明らかです。両親のこと、子どものこと、ペットのこと、趣味のことなど、様々なことを考慮しながら真剣に自分の職場を探す。時には好きなこととは違ったとしても、「家族のために」と選択するケースもあります。そんな選択は誰が口を挟めるわけでもなく「正しい」と思うのです。そうした選択を前に「好きなことを仕事にしよう」とは言えない。その言葉に少し乱暴な印象さえ持つようになっていました。

稼ぐこと、変化すること、自覚すること

「好きなことを仕事にしよう」という価値観は決して間違ったものではないと思っています。私自身もその価値観の延長線上で会社までつくった1人です。しかし、この価値観に従って仕事を選ぶ際、自覚的であるべきことが2つあると考えています。1つ目は好きなこととお金を稼ぐことができることがイコールでない場合があるということ。どんなに好きなことでも、仕事に結びつけるのは簡単ではありません。絵を描くことが好きだからといって、誰もが絵を描くことでお金を稼げるかというとそうではない。好きなことと仕事との距離感は、しっかりと見つめる必要があると思うのです。

2つ目は、好きなことはライフステージと共に変化するということです。歳を重ねるごと、経験を重ねるごとに価値観は再構築されます。これまで見えなかった景色が見えるようになったり、身近にあった魅力に気づくようになる。価値観の再構築は、一方で破壊を意味します。好きなことが嫌いになったり、その逆も起こる。揺るがないことが前提で語られがちな「好きなこと」。その前提に疑問を持たずに仕事にしようとすると、後に自分の理想との違いに悩むことになるかもしれません。変化に自覚的であることが大切です。

文化への共感

仕事と向き合う時、大切な考え方が2つあります。それは「仕事を好きになる」と「企業文化に共感するか」ということ。もしかしたらこの2つは「好きなことを仕事にしよう」以上に、もっとずっと大切なことかもしれません。

「仕事を好きになる」と「好きなことを仕事にする」。2つは似て非なる言葉です。「仕事を好きになる」とは、自分と自分の仕事を肯定し、前のめりで取り組めるよう解釈すること。半分の水が入ったコップに対して、「まだ」と「もう」という解釈が産まれるように、1つの仕事でも人の数だけ捉え方があります。同じ仕事でも「楽しい」と思える人もいれば「つまらない」と感じる人もいるのです。そこにあるのは向き合う心の違い。「楽しい仕事」というのは存在せず、仕事を楽しいと思えるかどうかという「解釈」があるだけ。自分の「外側」にあるように感じる仕事の楽しさは、実は自分の「内側」にあったのです。心がけ次第で仕事は楽しくもつまらなくもなる。極端に言うと、人はどんな仕事でも好きになれるのかもしれません。

ところが「仕事」から「会社」へ視野を拡げてみると、話はそう簡単ではありません。会社には文化があります。人間関係や社内の雰囲気、規則など、複数の人が集まっているからこそ生まれる文化。そうした文化への共感があるかどうか。これが私たちの満足度・幸福度に大きく影響しています。いつの時代も人間関係が理由で離職する人が後を絶ちません。仕事を解釈することは容易でも、他人を解釈するのは難しい。あるいは、そもそも解釈は他人と自分の間に産まれるのかもしれません。同じ仕事でも誰と一緒にやるかによって、楽しくも辛くもなる。そこには、人と人が織りなす文化への共感の有無が大きく影響しています。「誰と一緒に仕事をするのか」私たちが楽しく仕事をするための本質はここにあるような気がするのです。

いつかの電車の中吊り

「好きなことを仕事にしよう」いつか見た電車のポスター。このポスターに元気をもらう人も多いでしょうが、私と同じように違和感を抱く人も少なくないと思います。世の中の定規が、まるでそこにあるように感じるからでしょうか。でもそうした違和感は決して間違っていないと思うのです。人はどんな仕事でも楽しめます。好きになれます。そして、それには隣にいる人の存在が大きく影響しています。このことに気がつくと、仕事選びも少し肩の荷が下りるのではないでしょうか。「誰と一緒に」結婚相手を選ぶ時のような感覚で仕事を、そして、会社を選んでもいい。そんな価値観の拡がりが、楽しく働く人を増やしてくれる気がするのです。いつか電車の中吊りにこんな言葉が並んでもいいですね。「好きな人と一緒に仕事をしよう」

(2018/4/12 秋吉直樹)