コラム

ヒトデ履歴書「転職の一番の悩みは戸籍上の性でした」
プラウド香川 高野晶さん 第三話

学歴や職歴だけでは分からないその人だけの物語。それをお伝えするのがヒトデ履歴書です。誰と出会って、どんな時間を過ごしてきたのか。「出会い」と「仕事」の間にあるその人だけの物語を読み終えたあなたは、一緒に働く人の大切さに触れられるかもしれません。

ヒトデ履歴書一人目は、香川県高松市でセクシュアルマイノリティ支援を行なっているプラウド香川の高野晶さん。第一話では学生時代からニューハーフとして働くまでを、第二話は地元高松に戻ってデザイナーとして働きながら、男性から女性に変わっていく様子をまとめていただきました。第三話はデザイン事務所から転職をしようとする高野さんが直面した思わぬ苦労について綴ってくださいました。

 


高野 晶(タカノ アキ)さん
セクシュアルマイノリティ(性的少数者)のサポートグループ「プラウド香川」副代表
ニューハーフのクラブやデザイン事務所など、様々な仕事を経験し、現在はエステティシャン、ビューティーカウンセラーとして働く。仕事の傍ら、セクシュアルマイノリティの理解を深めるための講演を、自治体や教育機関・企業向けに10年以上実施している。

 

性と転職ハローワーク…プラウド香川との出会い講演活動を続ける理由

 

性と転職

仕事の選択をする上で、私の悩みの一番の原因は「戸籍の性別」でした。デザイン会社で働いていた2年の間に、私はもうほとんど女性として見てもらえるように変化していました。普段生活していく上で困るのは身分証明書を出す時くらい。まだ経済的な理由で性別適合手術を受けられずにいた私は、戸籍の性別は男性のままだったのです。そのことが就職活動を困難にしていました。

まず、仕事を辞めて求職している間は無収入という訳にはいかないので、雇用保険の失業手当をもらうためにハローワークに通っていました。失業手当をもらうための説明会を受ける時点で、私は男性の枠に入れられてしまいました。何故か、男性は会場の左側、女性は会場の右側という風に分けられていたのです。そのことにあまり意味がないと思うのですが、社会ではそういうことが無意識に当たり前になっていることが多いですね。私は完全に男性ゾーンで一人浮いていました。名前を呼ばれて、書類を取りに行く時に返事をした時、沢山の人に振り向かれたのを覚えています。これは私がハローワークで受ける屈辱の序章にしか過ぎなかったのです。当時、失業手当をもらうための条件として、ハローワークで仕事を探すだけではなく、窓口で紹介してもらった上で実際に動いて就職活動をしているという証明が必要でした。つまり、就職活動先に書類を提出して面接を受けるというところまでしないといけなかったのです。

ハローワーク…

綺麗になることで内面も変わっていく実感を持っていた私は、自分には美容部員やエステティシャンという仕事が合ってると思うようになっていました。ハローワークで探したエステティシャンの求人票を持って、窓口に行くと窓口のお姉さんに驚かれました。そのお姉さんはとても優しくて、誠実な方でした。事情を理解して、私が就職活動をする時は女性として紹介して、面接の段階で私自身が直接説明出来るようにしてくれたのです。そのお陰で大手のエステティシャンの仕事の面接を受けることも出来たのですが、そこでもまた戸籍の性別問題が発生。私は書類の性別欄を無記入にして提出したのですが、広い試験会場のど真ん中に「高野さん、性別欄を記入していただけますか?」と、呼ばれてかなりの辱しめを受けました。「性別欄」とわざわざみんなの前で言う必要ありますか?って、話ですよ。明らかに私のことに気づいている様な顔をしていました。性同一性障害のことを深く理解してもらっていれば、こういうことは起きないと思います。このことがあった時点で採用はないな、と私は判断していました。それに、もうそこに就職する気もなかったのです。

失業手当をもらうためにはハローワークでも就職活動を続けていかないといけません。新たに探した求職表を持って、また親切で優しいお姉さんのいる窓口に向かいました。ところが、ある時「高野さん、申し訳ありません。高野さんを女性として紹介するのは問題があるという風に上司に言われまして。私としては高野さんを女性として紹介してあげたいのですが……」と言われました。「そうなんですね……。わかりました。 」そのお姉さんも上司に叱られて困ったのだろうな、という感じがしました。(ハローワークを通さずに探すしかないのか……それも早く。)少し呆然としながらハローワークを去りました。

プラウド香川との出会い

仕事で出会ったある女性が私に香川のセクシュアルマイノリティ(LGBT※)のサポートグループがあることを教えてくれていました。その頃の私は今よりも人見知りで、新しいグループに参加すること自体に抵抗があったのですが、その好意を無にすることが出来ませんでした。(私、義理堅い方なのです。)私はハローワークに行くようになる前に、このプラウド香川というグループに参加していました。現在、私はこのグループの副代表を務め、性同一性障害やLGBTの理解を深めてもらうための講演や講義の講師もしています。

※LGBT……レズビアン、ゲイ、バイセクシュアル、トランスジェンダーの英語の頭文字を取った略語。


▲プラウド香川のイベント中。右端は代表の藤田さん。

私がハローワークでの出来事をプラウド香川のメンバーに話すと、「それは人権侵害なのでは?」という話になりました。プラウド香川にはLGBTの当事者たちだけではなく、それをサポートする人たちも参加しています。その中に、高松市議会議員の植田まきさんがいました。性同一性障害であることを公表し世田谷区議会に当選した上川あやさんも相談に乗ってくれました。彼女たちは私にこういう時にどう動けば良いのかアドバイスをしてくれたのです。私は早速、市長にメールしました。ハローワークは市の管轄ですので、責任者のトップは市長です。私はプラウド香川のメンバーであることもそこに記しました。こういう時は人の数の力も必要です。すると、市長から返信がありました。本来、ハローワークでは本人の望む形で紹介しないといけないそうです。そこで、謝罪とハローワークに対する指導がありました。セクシュアリティに関する事情は最終的に本人が直接説明するべきプライベートなことなのです。こういうことが決まりとしてあったとしても、なかなか組織の末端まで知ることが出来ないというのが現状です。

講演活動を続ける理由

後日、改めてハローワークに話をしに行きました。私の就職活動をストップさせた男性の上司もその場にいて、平謝りという感じでした。トップ(市長)の命令でこんなに対応がガラッと変わるのか、と正直少し引いている自分がいました。本当に何が悪かったのか、理解しているかどうかは疑わしかったからです。そんな思いもあって、今でも私は講演活動を続けています。この時ハローワークには、私と同じ様な性同一性障害の人が窓口に来たとしても、きちんと対応してもらえるようにお願いしたのですが、数年後にプラウド香川のメンバーが同じ様な扱いをされて、また私が話をしに行く、ということが何度かありました。ハローワークにも異動があるので、人が変われば対応が変わってしまうのです。私はこういう行政機関でも、継続的なLGBT研修が必要だと思っています。さていよいよ次回が最後です。ここまで読んでいただいた方はぜひ最後まで高野晶の「ヒトデ履歴書」にお付き合いください。

 

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8/26 ヒトデTALK「LGBTと働くを考える Part2」